茹でガエルの実験という例え話があります。

熱湯にカエルを入れるとびっくりしてすぐに飛び出すけど、冷たい水の中にカエルを入れて、それを徐々に温めて沸騰するまで放っておくと、カエルは茹で上がって死んでしまうというお話です。大きな変化には気が付きやすいけれど、小さな変化はその過程でマヒしてしまうということですね。

ネットとリアルの境目

SNS を始めとしたさまざまな Webサービスがありますが、多くの場合はリアルとリアルをつなぐ手段としてのサービスであって、ネットの世界に沈む仕組みを作っているのではないと思います。ネットとリアルのどちらが良い悪いということではなくて、そもそもネットは非リアル、つまりバーチャルなのか? っていうところを考えたいのです。

デジタルデータの価値

ニコファーレというライブ会場と連携しているサービスに、デジタルフラワーというものがあります。贈る側がデジタルフラワーを購入し、それをスクリーンに表示させるというものです。
法人企業様向けデジタルフラワーギフトサービス 日比谷花壇

このデジタルフラワーで感じた何か足りないものは、そう「デジタルデータの価値」ですね。この価値をどこかから持って来ないと、10,500円出して実在しない花を贈ることはできません。

記憶からの補完

たとえばスーパーで売られている肉を見て「美味しそう!」と思うかも知れません。でも生肉ですよ? 道に生肉が落ちていて同じことを思う人はそういませんよね。それでもスーパーの生肉が美味しそうに見えたのは、過去にそのパックされた生肉を調理して食べた時の味をイメージとして覚えているからです。記憶はいま目の前にあるものの価値を大きく変えることがあります。ネットもリアルも同じように心を動かされるし、体験するものです。

前例のないものからはイメージを補うことはできません。このデジタルフラワーが「電報」のようなサービスとイメージが結びついたとしたら、そこで価値を見い出すことができるかも知れません。

花を贈った人とそれを受け取った人というお互いの関係があって、それが人の心を動かしたとしたら、これは「花」として実際そこに存在したのではないか? と思うのです。

ケータイのメールはデジタルデータのやりとりです。通話も音声というデジタルデータです。駅で切符を買えばタッチパネルに触れているし、コピーされた切符が出てきます。メールや通話で誰かとコミュニケーションを取ったり、切符を買ってどこかへ向かおうとする行為は、体験を生み出すための手段であり、その先にある体験自体に価値があります。

冒頭の茹でガエルの話に戻りますが、いままでアナログと思っていたそれは、もう何年も前からデジタルに茹で上がっているものかも知れません。

——つづきます。

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