コミュニティでのルール作りとは

ルールがなくてもモラルを守って生活する人がほとんど。でもごくわずかモラルを守らない人がいるからルールをつくる必要がある。また、善意で動いていても価値観が違うことによってお互いに迷惑をかけることもある。お互いに自分が正義(=善意)だと思っているから戦争が起こる。そういったことを理解できる同士がお互いの理解のためにルールをつくる。

ルールとは、テプラで注意書きを貼るものではなく、A4でプリントアウトするものでもなく、規約ページを更新するたびに連絡するものでもない。そのルールが必要となる場所とタイミングで適正に伝えたいことが「伝わる」こと。まずはアフォーダンスや動線で解決できないかを模索するべきだ。また、そのコミュニティが何かのサービスの上に成り立っている場合は、サービス提供側の都合やシステムの仕様などがルールとして紛れ込んでしまわないよう、シグナル/ノイズを正しく判断する必要がある。

デザインにはアフォーダンス(affordance)という考え方があります。たとえば森の中に、ちょうど人が座れるくらいの高さの切り株があったとしたら、人はそれをイス(座れるもの)だと認識します。「ご自由にお座りくだい」や「これはイスです」と書かずに、うまく動線をつくることで人を導くことができるのです。

押して開けるドアと引いて開けるドアがあるなら、わざわざ「押す / 引く」や「PUSH / PULL」と書くんじゃなくて、押して開けるドアにはプレートだけを取り付けておいて、引いて開けるドアには取っ手をつける。問題をデザインの力で解決することで、見た目をシンプルに美しくできるのですね。

【デザインのはじまり】つけ間違うコンロ、つけ間違う部屋の照明、押し間違うエレベーターのボタンにイラッとくるじゃん

何が正義か、悪気のない悪と、愛の暴力

コミュニティの運営や経営者、コミュニティーマネージャーの考えが正しいわけでもない。誰か1人が独裁を行うことは、その独裁者以下のコミュニティを作るということになるし、お互いが正しいと信じて正義を振りかざすと戦争が起こる。

たとえば自分がされて嬉しいことは相手もされて嬉しいはずと考えるのは危険なことだし、感情論で物事を判断するのもよくない。その最たるものが、被災地に送られる千羽鶴だ。悪意のない悪、つまり愛の暴力である。

日本人は、異なる価値観やカルチャーを持つ人同士で社会的につながるというのは、民族的にあまり慣れていないはずだと言われることもあるが、多様性に対して非常に寛大だと思っている。たとえば日本語は、漢字ひらがなカタカナ数字Alphabetが混在しても崩壊しない。明確に区別されながらも、しっかりと混ざり合う。

コミュニティの多様性とは、しっかりと区別をすること。差別と区別は違う。そして人は必ず間違っているし正解であるので、すべての価値観は平等にある。

コミュニティは外を向くべき

特定のコミュニティ内で作られる独自の正義(=確証バイアス)というものがある。そして、閉鎖的なコミュニティの中で、その結束感が狂気を帯びる時をみてきた。

仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。認知バイアスの一種。また、その結果として稀な事象の起こる確率を過大評価しがちであることも知られている。

ソーシャルメディアでは、フィルターバブル、または「アルゴリズム編集」を使用することで、自分が今まで見てきたウェブとは反対意見のウェブをみる機会が自動的に減っていくため、確証バイアスが増幅される。確証バイアスは、社会がフィルターバブルの影響から逃れられない理由だと主張される。なぜなら、人は自分の価値観や信念に一致する情報を探そうとする生来の心理的な傾向を持つためである。この「アルゴリズム編集」は多様な視点や情報を取り除いており、フィルターバブルを無くさなければ有権者は十分な情報に基づいた政治的決定を下すことができないだろうと主張される。

確証バイアス|Wikipedia

危ないなと思うのが「このコミュニティは最高だ、自分たちは最高にハッピーだ!」と閉鎖的なコミュニティ内で褒め称えたものなってしまうこと。もしくは一部そうなってしまうこと。

たとえば、「ここは公共の場所だけど、いまは利用する人が少ないから、自分たちのプライベート空間にしてしまおう!このことをコミュニティのみんなにも告知して普段から使えるようにしよう!」という方向。もちろん提案者に悪気などあるはずもなく、より良いものにしようという愛に由来する暴力である。集団のイデオロギーは、時に悪意なく善意でコミュニティ外の人たちを殺す。

このコミュニティのバイアスから抜け出さないと、1つのコミュニティが生まれては死んでいくだけの話で終わっていく。異なるコミュニティ同士が結びついていくことにエネルギーを注ぎ込むべきだ。異なるコミュニティ同士が結びつくというのは、同じ敵が見つかっただけのこともあれば、ただ確証バイアスが増幅されただけでは失敗なのだ。

非常に解決法が難しい問題だけれど、とても大切なことだし、挑戦しがいもある。コミュニティは外を向くべき。コミュニティの外郭については、もっとデジタルと融合していきたい。破壊、継承、再構築が必要だと思う。

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