投稿日 ・ 更新日 ・ 約8分で読めます

シェア生活|コワーキングスペースとシェアハウス、アウトプットとインプット

コワーキングスペースとシェアハウス

これまでのシェア生活

いまはシェアハウスに住んでいます。これまで引っ越しは7回で、賃貸マンションが5回、シェアハウスは2回目。職場は渋谷のコワーキングスペース PoRTAL、サブオフィスとして六本木のライブラリ academyhills。シェア生活ですね。

シェア生活のきっかけ

フリーランス10年目で何かを変えたいと思っていました。自宅兼事務所で仕事をしているとどうしても毎日の生活に飽きてしまうので。引っ越し回数がやや多めなのもこのせいです。ノートパソコンの性能が上がったことが、ライフスタイルを変えてくれた直接のきっかけでした。

コワーキングスペース

渋谷のコワーキングスペース PoRTAL

ここが変化のきっかけでした。仕事場は自分にとって大切な場所で、自分以外の人がいるスペースで仕事をするなんて思ってもいませんでした。長年のやり方があったし、環境の変化でスランプになるかも知れない不安もありましたが、自信を持ってそれを壊してみようと思ったのです。

たまたま見つけたコワーキングスペースに見学に行って、ほぼ申し込みを決意しました。いや、むしろ行く前から決めてました。

そして、どうやって運営しているのだろうと、やらしい目でみていました。何週間もやらしい目でジロジロと。

ゆるいです。そのゆるさがゆえに抑止力が働いているようです。うまく動線が作られているし、シェア住居のノウハウに従っているというよりは、考えることをやめないこと、変化することをやめないことを徹底して行っている感じがします。

ルールを設けない、ゆるさを大切にすることで自己抑止力を働かせる。大切なのはルールを作ることではなく、動線を作ることにあるのだと気がつきました。

コワーキングスペースで仕事をするということ

主にパソコンに向かって作業をしていますが、思考と作業は別ものです。なので、作業に没頭したい時もあれば、少し雑音が耳に入るくらいの場所でプランをまとめたい時もあります。

コワーキングスペースの第一印象は、半端なく作業効率があがることでした。「ああ疲れたなぁ」と思っても、そのへんで真剣な顔をして頑張っている人がいます。好きな音楽を爆音で流してテンション上げてがんばるくらいの効果があります。

場所の雰囲気も大切なものです。カフェのような場所で、テーブルやイス、ソファなどは一見バラバラですが、全体のトーンマナーが揃っているのでワシャワシャっとして奥深い感じです。

シェアハウス

シェアハウスに求めたもの

シェアハウスに求めたものは変化でした。環境はもちろんのこと、いままで出会うことのなかった人と出会って、自分の価値観や経験を刺激してみよう。これは自分に自信がないとできないことだと思います。自分の中の価値観をかき回してみようと試みたのでした。

シェアハウスは、そのコンセプトに人が集まってきます。つまり、自分が普段生活している範囲では出会うことのなかった人に出会えるということです。

最近のシェアハウス

おそらく多くの人の中ではシェアハウスって家賃を安くすませるための場所で、いつも団体行動で、食事もいつも一緒、もしくは当番制みたいなイメージがあったようですが、今は違いますね。最近のシェアハウスはそれぞれコンセプトを持っていて、そこに価値を感じるかどうかだと思います。家賃も決して一人暮らしに比べると安くはありません。

「自分の時間を大切にしたいからシェアハウスは無理だわー」これはシェアハウスの話をすると、ほぼ100%言われることですが、ひとりの時間は存分に確保できます。

シェアハウスに引っ越す時は、それまで使っていた家電や荷物を手放すことになるかと思います。同じ場所に何十年も住み続けられる人もいれば、そうじゃない人もいます。ただ、何かを変えてみてはどうかと思います。シェアハウスに住んだことのない人、遊びに行ったことのない人は、なかなかイメージすることは難しいと思います。

茹でガエルの実験という例え話があります。熱湯にカエルを入れるとびっくりしてすぐに飛び出すけど、冷たい水の中にカエルを入れて、それを徐々に温めて沸騰するまで放っておくと、カエルは茹で上がって死んでしまうというお話です。大きな変化には気が付きやすいけれど、小さな変化はその過程でマヒしてしまうということですね。

住居というのはかなり「茹で」られやすいものだと思います。同じ街に何年も住んでいたり、そもそも引っ越しする気がない。理由は面倒だから。そういう人にこそ住んで欲しいシェアハウスです。楽しいよ。

コワーキングスペースとシェアハウス

コワーキングスペース

住居と仕事場は切り分けて考えています。仕事場は自分にとって大切な場所であると同時に、仕事はその人の人生の中で、かなりの時間とエネルギーを注ぎ込むところだからです。仕事の場所は、シェアという概念に侵食されるべき部分ではないのだと思う反面、シェア空間でしか実現できないようなビジネス形態が生まれてもいいなと思っています。仕事という外郭をもっと細切れにスライスしてみるということです。

コワーキングスペースとシェアハウスの融合を試みているところは、知る限りいくつか存在します。とてもレベルの高いことに挑戦しているのだと思います。

理想の仕事場

集中して仕事をしたい。スイッチが入って、己の深い部分に「沈む」ことができる空間が最重要です。これができるなら、他のことはなんだっていい。「沈める」空間はどういうものか、主観でいくつかリストアップしてみたいと思います。

  • 白を貴重としたシンプルな空間はよろしくない。少しわちゃっとして奥まっている感じがあったほうがいい。
  • 暖色系の照明で、明るすぎない空間が好ましい。一般的な明るさよりも30〜60%は暗くていい。手元にライトがあればそれでいい。
  • 壁に向かって机と椅子を置いてはいけない。壁を背にしてフロアを向いて座る。目の前が開けている状況で仕事をすると、想像以上に「沈め」ます。
  • 特に使わないけれど割りと本気のキッチンがある、センスのあるセレクトで多くの本がある、そういった「遊び(ゆとり)」部分はとても良い刺激になります。
  • ネット回線が高速で安定していること。
  • 電話が鳴らない静かな場所であること。

シェア空間における動線づくりの大切さ

コワーキングスペース、シェアハウスに限らず、無意識の領域での会話というのは大切なものだと思います。様々な価値観の人が同じ場所を共有する以上、放っておくと張り紙だらけになっていきます。テプラだらけになっていきます。そもそもテプラが貼られるのはデザインが悪いからなので別の問題ですけどね。

アウトプットとインプット

シェア生活それから

さまざまな価値観

コワーキングスペースはアウトプット、シェアハウスはインプットという形が僕の中でできあがりました。これが逆転すると、仲の良い関係性や、良い場所の雰囲気が邪魔をするのです。なので、コワーキングスペースは、やはりひとりになれる空間を必要としました。その反面、矛盾しますがほどよく交流は深めたいのです。この辺の使い方は自由なのがコワーキングスペースの良いところなので、使い方次第だと思います。

どちらか一方だけを実現していくのではなくて、その両極端にあるようなことを両方とも実現していく、ここに「茹でガエル」にならなさを見出していきたいですね。

シェア空間の哲学

コワーキングスペースやシェアハウスがどうということではなくて、生活の中にシェアや共有という寛容性を受け入れていくことに対する考えです。

シェアハウスに住む人の特性とオペレーション

どんな想いが込められたシェアハウスでも、そこに住む人は自分の価値観で「ここは何か」という再定義から始めるのだと思います。そのシェアハウスの企画に関わった人間が入ればガンガン正統進化はするけれど、中の人間のモチベーションは下がるのではないかと思います。

その一方で、長く住んでいる人にとって(のみ)心地よすぎる空間はコミュニティを衰退させる原因にもなるのかも知れません。それは、変わり続ける空間を止めてしまったということでもあるので、これもまた「茹でガエル」になりやすい部分なのかも知れませんね。

居心地の良い場所に居続けると、外に向けるべきエネルギーが内に向いてしまうのではないかと思うのです。自分を中心としたコミュニティの外郭はいくつかあります。たとえば家族や会社などです。あるコミュニティの中でひとつのことにすべてのエネルギーを注ぎ込んでばかりいても、さらに大きな外郭では何も起こっていないのと同じことです。

でもやっぱり足りないこともある

たとえば、どうせ来ないからといって用意する分量を減らすと、本当に人が来なくなります。用意した分量に見合う分の人が集まるのだと思います。大規模なコワーキングスペースやシェアハウスが、その人数に合わない設備で運営できるのはこのためだと思うのですよ。

本当に100人を集めたいなら、100人分の分量が必要だと思います。それを統計学的に考えて減らしてしまうと、どんどん減っていくんじゃないかなと。その仕組みが「何かからエネルギーを奪うことで成り立っている」のだとしたら、あまり良い方向ではないと思うのです。

シェアハウスこれから

これからもシェアハウスに住みたいです。最初に住んだシェアハウス、今のシェアハウスががとてもいいところだからです。たまたま良くないシェアハウスに住んでいたらと思うとぞっとしますが。

街の中にランチ用のシェアキッチンほしいな。食堂みたいに与えられたメニューじゃなくて、その日用意された食材から自由に料理できるみたいな。食事は場所を変えて気分転換したいし、変化を楽しみたいのです。

長屋のシステムってすばらしい。ちゃぶ台をだし、布団をだし、すべて仕舞えば何もないスペースができる。四畳半の部屋で衣食住できるのはすばらしいです。

などなど、もっと細分化されてマニアックなものができてほしい。「ここには絶対に住めない!」という人がいれば、きっと他の誰かにとってはかけがえのない居場所になるかもしれません。何も否定しないが、あらゆることに対して考えを持って行く姿勢、これが大事なんじゃないかなぁと。

流行りに乗っかったチャラいシェアハウスがありふれてきていることに対してイライラしている人たちは、そんなことに大切なエネルギーを奪われないで。見た目には同じでも、そこにいたるプロセスに価値があるのだから、きっと本質を抽出できていないだろうから、淘汰されるのを待っていればそれで。いや、それが問題なのか。

――おしまい。